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最高裁判所第一小法廷 昭和32年(オ)1130号 判決 1960年9月15日

上告人 逸見憲一

被上告人 国

訴訟代理人 青木義人 外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士浪江源治の上告理由について。

原判示は用語いささか不充分であるが、その要点とするところは、次の如きものであると解するを相当とする。すなわち、日米行政協定第三条に基づく基地管理権により、その雇傭にかかる日本人労務者に対し衛生管理権を有するものと認むべき在日米駐留軍はその管理の必要上伝染病結核等を駆除予防すべく、適当な処置を講じ得べき筋合であり、従つて駐留軍係官は日本人労務者の健康状態につき疑を抱くかぎり日本人労務者に日本国法令の禁じていない身体検査を行うことを要求する権限を有し、日本人労務者が右の身体検査を拒絶するときは駐留軍係官はかかる労務者の駐留軍施設に立入ることを拒否する最終的権限を有するものであること、然るに、在日駐留軍の童下にあつて駐留軍神戸補給基地更生修理部隊の副支配人として雇われていた上告人は、肺浸潤に旧り判示のように約九〇日間の有給休暇を取つたが、右休暇の期間満了する数日前兵庫県立尼崎病院の治癒証明書を提出して出勤したところ、病気の治癒に疑を抱く部隊労務士官はこれよりさきに上告人を肺浸潤と診断した神戸中央治療所の診断書の提出を命じ、その提出された診断書の内容と右尼崎病院の治癒証明書のそれとは若干所見を異にするところから部隊労務士官は上告人の健康状態をみるとの理由で、予て上告人に対し申し渡していた解雇を一ケ月猶予すべき旨告げた上、その猶予期間の満了する昭和二八年八月一〇日上告人に対し健康状態を理由に解雇する旨申し渡したところ、上告人はこれに異議を述べたので右労務士官は上告人に駐留軍の医療施設たる「USFJ」において診断をうけるか否かを質したのに、上告人はこれを拒否したので、右労務士官は前示権限に基づき上告人に対し右同日限り駐留軍施設に立入り労務を提供することを拒絶したというのである。

してみれば、上告人は簡単且つ容易に実行できたであろう駐留軍の医療施設において診断をうけることを自ら正当の理由なくして拒絶し、これによつて自己の債務たる労務の提供を履行不能に至らしめたものと認めるの外はないから、民法五三六条一項の解釈上右労務の提供に対する反対給付たる所論請求権を有せざるに至つたものと解すべきであり、そして上告人においてこのように報酬請求権を失つている以上はこれを伴わない雇傭関係の存続を主張しこれが確認を求めるが如きは即時(原審最終口頭弁論期日を基準として)確定を求める利益がないものと解するを相当とする。

原判決最終の判断は叙上と同一に帰するものであつて、正当である。

所論論述するところは要するに、原判示中上叙の事実認定部分につき原審の専権行使を非難するか、あるいは独自の事実関係を想定して以て独自の法律論を展開するに外ならないものであつて、すべて採るを得ない。

よつて、民訴三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判官 下飯坂潤夫 斉藤悠輔 入江俊郎 高木常七)

上告代理人浪江源治の上告理由

第一点原審判決は判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背がある。

一、原審判決は、被上告人による本件解雇は上告人が

「肺浸潤に罹り連合国関係使用人給与規程所定の休暇に関する手続に従い、兵庫県立尼崎病院の診断書を添付して休暇届をし、有給休暇を得て昭和二十八年四月十三日から同年七月四日(七月五日は日曜日)まで八十三日間欠勤したが、右有給休暇中である同年六月十一日右駐留軍部隊人事部が同年七月十一日を以て右健康状態を理由に解雇する旨上告人(被控訴人)に対し予告したこと、同年七月六日兵庫県立尼崎病院の治癒証明を提出して出勤したが、更に神戸中央診療所の提出を求められてこれを提出したが、同部隊人事部が上告人(被控訴人)の健康状態を看るとの理由で解雇を一ケ月延期し、右延期した予告期間の満了する同年八月十一日上告人(被控訴人)に対し解雇を申渡した。」

ものであることは当事者間に争のない事実として認定し、而して右解雇は

「(連合国軍関係、直用使用人公私傷病者の取扱手続)の定める『第三、私傷病取扱』規定によれば結核に罹患した労務者は有給休暇が与えられたとき、その病状が何んなに悪くとも九十日の有給休暇が保障され結核以外の私傷病者の場合とはその取扱を異にし右期間経過前においては右健康条件を理由として解雇の予告を発することは許されないものと解すべきである。」

「右解雇の予告及びこれに基ずいて昭和二十八年八月十日なされた解雇は前記取扱手続規程の規定に違背し解雇原因なくしてなされた無効のものといわねばならない。」と判示している。

尤も、右結論的判示に関し、

(1)  「結核に罹愚した労働者は……九十日の有給休暇が保障され」ているとしているが更に「有給休暇経過後も、なお治癒しないときは、欠勤を始めた日より起算して一年以内の期間を無給休暇とすること」が保障されているものであり。(同上手続規程の第三の(1) の(イ)(ロ)参照)

(2)  又「一律-結核患者であると、結核以外の私傷病者であるとを問わず-欠勤を始めて六十日目に三十日の予告期間を定めて解雇予告を発することの取扱に事実上改められて来た」との被上告人の主張について慣行が繰り返えして行われて来た事実は原審証人奥村延男の証言を始めその余の被上告人(控訴人)の立証によるも確認することができない」とするが、仮に前記慣行があつたとしても、慣行によつて前記強行規定を改廃する効力のないことはいうまでもないから、その立証の有無にかかわらない。

(3)  更に「右医師の証明書が真実に反し病気が治癒せず、就業のため病勢増悪し、且つ他人に危害を及ぼすべき状態にあることを医学的に証明すべき資科がない」というが、原審判決が前記判示において認める如く既に「その病状が何んなに悪くとも九十日の有給休暇が保障され……右期間経過前においては健康条件を理由として解雇の予告は許されないもの」-但し、この点九十日の有給休暇中に限らず一年の休暇が保障されていることは前記(2) において指摘せる通り-である以上、被上告人の本件解雇権の適否の判断につき、医師の治癒証明又は病状の程度等に関する何等「資料」を必要とするものではない。

が、前記諸点-(1) (2) (3) -において多くの過誤があるとはいえ、なおその結論は正当というべきである。

二、ところが、原審判決は続いて

(1)  「上告人(被控訴人)が肺浸潤のため九十日の有給休暇を得たが、右休暇の期間満了する数日前に兵庫県立尼崎病院の治癒証明書を差出して出勤したところ、病気治癒に疑を懐く部隊労務士官が昭和二十六年五月上告人(被控訴人)の肺浸潤を診断した神戸中央診療所の診断書の提出を命じ、提出された同診療所の診断書の提出を命じ、提出された同診療所の診断書にはX線によるも胸部になんら注目すべき変調又は疾病を認めず且つ患者自身も特別になんらの苦痛も覚えずと記載されていて、先きの治癒証明と若干所見を異にするところが認められて、部隊労務士官が上告人(被控訴人)の健康状態を看るとの理由で解雇予告期間を一ケ月延長し、その期間満了する昭和二十八年八月十日出勤以来無遅刻、無欠勤で勤務する上告人(被控訴人)に対し健康状態を理由に解雇する旨申渡したところ」

(2)  「上告人(被控訴人)は病気治癒を理由に異議を申述べたので、労務士官が前記最終医学的権限に関する指令書を示し、上告人(被控訴人)に駐留軍の医療施設U・S・F・Jで診断を受けるか否かを質したところ、上告人(被控訴人)がこれを拒否したので、解雇を確認した上、同月限り雇傭を終止させる旨申渡したことが認定できる」

としている。

右認定事実-原審判決が上告人の請求を排除するにつき依拠した唯一の且つ最も重要な右(2) 事実につき極めて曖昧に誤魔化しているが、-よりして更に、

(3) (イ)「上告人(被控訴人)の当時における健康状態が如何ようであつたにしろ、部隊労務士官において上告人(被控訴人)の病気治癒に疑を挾み軍の医療施設による最終的医学的判断を得ることの措置を選んで上告人に対し身体検査を求めたことは必ずしも不当ということはできない」

(ロ)「右診断を拒否すべき正当理由を有することを認むべき証拠がないから、右部隊労務士官のした右雇傭終止の処分は労務基本契約第七条所定の措置として適法のものといわねばならない」

(ハ)「上告人が駐留軍の本件就業場において副管理人としての業務を行うべき雇傭契約上の債務履行を自己の責に帰すべき事由により不能ならしめたものと認むべきである」

との結論を導いているのであるが、

(一) 部隊下士官が上告人に対し「駐留軍の医療施設U・S.F・Jで診断を受けるか否かを質した」のは嚢に駐留軍が昭和二十八年六月十一日附をもつて、上告人に対しなした解雇予告に基ずく解雇の効力-上告人に職場に復帰し得べき権利ありや否やの-に関する争についてであつて当時上告人が「就業のために病勢増悪し且つ他人に危害を及ぼすべき状態にあることを医学的に証言すべき資料がない」(第一項の(3) 参照)に徴しても、軍の衛生管理権上の措置でなかつたことが明かであり且つかゝる衛生管理権の行使は制度上「衛生管理者」のみの専行するところであつて、労務担当士官である森には権限がない。

(二)(イ)嚢に第一項の(3) において指摘せる如く、本件解雇が既に結核労務者に保障されている休暇期間である「一年に満つる日の三十日前に解雇の予告を行う」旨の規定(前出私傷病の取扱、(ロ)参照)に違反してなされた無効の解雇である限り、上告人の健康状態の如何は解雇の効力には関しない問題である。

(ロ) そればかりではなく、上告人は解雇の発効前現に

a 治癒証明書を二通-労働協約において協定された指定病院の-まで提出し

b 職場に復帰し解雇の発効まで無病気、無欠勤で勤務しているものであるから、「有給休暇期間の完了の時に或はそれ以前に復職しない場合には解雇される」(前出私傷病の取扱(二)の(ロ)参照)という解除条件附解雇予告は当然に効力を失つており、

(ハ) 且つ又、雇傭関係にあるのが、公、私傷病により休暇をとつていても「治癒」又は「復職」し得る状態に至つたとき「出勤することは労働者にとつて「義務」であつて、これをこそなさないときには「債務不履行の責」を免れることができないことはいうまでもなく、却つてこれを格段の理由なく遮断せんとするものこそ「受領遅滞」の責があるものといわなければならない。

而して、当時、軍において原審判決も認める如く「右医師の証明書が真実に反し疾病が治癒せず就業のために病勢増悪し、且つ他人に危害を及ぼすべき状態にあることを医学的に証明すべき資料がない」(第一項の(3) 参照)のである以上上告人の復職を拒否する正当事由のなかつたものであり従つて「この措置を選んで上告人(被控訴人)に対し身体検査を求めたことは不当」なることはいうまでもない。

(三) 上告人に対する前記解雇の効力は同年八月十日をもつて発効しており-その有効無効は別として-右解雇後、原審判決のいう如く「上告人(被控訴人)に対し違法な解雇の効果を維持しながら、軍の診断を求めることに形式上の過誤は認められる」以上、-但し、形式上の過誤ではない-既に軍との雇傭関係なきものとして取扱われている上告人に対し、かゝる措置を命ずる権限は存しな心といわねばならない。

(四) 原審判決は「解雇を確認した上、同日限り雇傭を終止させる旨申渡したことが認定できる」といつているが、解雇の上、更に重畳して「雇傭終止」の措置乃至処分を申渡された事実は全然存しない。

原審判決は「駐留軍係官はかゝる労務者の駐留軍施設にはいることを指示したことが成立に争ない乙第四号証の一乃至三により認められる」としているが右乙第四号証の一乃至四は「駐留軍労務者に対する健康診断について」と題する「通達」であつて、かゝる「通達」の存在するということゝ、軍が上告人に対して右通達に基づいて具体的に雇傭終止処分をなしたか否かは別問題であつて、二者を混同してあたかも具体的処分がなされたかの如く、すり替えられては困る。

原審判決は更に「日本人労務者が理由なく身体検査を拒否し駐留軍の正当な衛生管理を妨げたとき駐留軍係官において前記労務基本契約第七条によりその労務者の雇傭を終止せしめ得ることは疑がないけれども、右雇傭終止の処分により当然に解雇の効力が生ずるものと解することはできない」と論じ

「前示乙第三号証の一、二によれば同年八月十四日附労務士官の署名ある解雇通知書の解雇理由に健康状態と併せて身体検査拒否の事実が記載されているけれども後者のみを理由として上告人(被控訴人)に対し解雇の告知がなされたことは認むべき証拠がない」

として、前段において一般の衛生管理権違反の効果を論じ、後段においては上告人に対し衛生管理権に対する違背を理由に解雇したものとしている。その言わんとするところを容易に捕捉し難いが、後段の判示をみても却つて上告人に対し具体的になされた措置は「雇傭終止」ではなく「解雇」であつたことを認定しているといつてよい。

然し、衛生管理権違背の効果として解雇は適法とし難いというので、雇傭終止の措置があつたことにごまかし、此ゝでもすり替えられている。

(五) 原審判決は

「昭和二十六年七月一日締結された日米労務基本契約第七条に、契約担当者が提供したある人物を引続き雇傭することが合衆国政府の利益に反すると認める場合には即時その職を免じてスケジユールAの規定によりその雇傭を終止する」とあることから直ちに

「右条項は単に軍事上の目的のためにする保安処分に限定して解すべき理由がなく、伝染病、結核等病疾の予防駆除を目的とする衛生管理の必要上からも右保安処分を行い得るものと解すべきで」

と判示し、同条に根拠する「駐留軍施設及び地区内における最終医学的権限」の第六項(乙第四号証の三)において明白に「健康診断拒否に対する措置」を「駐留軍係官はかゝる労務者の駐留軍施設にはいるのを拒否する最終的権限を有している」と規定し、その権限の行使を限界づけているのを無視し、大飛躍して上記の如く判示しているのは乱暴且つ粗雑極まる法解釈である。

右規定の真に意味するところは

a 衛生管理の必要上の範囲に限られ-米国合衆国の利益に反すると認めれたものではなく-

b 而してその措置は一定地区施設への場所的「立入禁止」であつて

c 而もその理由がやみたる後は解除せらるべきもの

であつて、労働関係の終止乃至消滅に及ぶものでないことは極めて明瞭といわねばならない。

若し、原審判決の如く解するならば日米基本契約第七条は「免職又は雇傭終止」を認めているのであるから、衛生管理権違反の行為に対し原審判決が何故「免職」及び「解雇」を否とするのかその理を解し難いといわなければならない。なお、この点、一九五七年九月十八日調印、同年十月一日発効の「基本契約」の「細目、III 一般規定5、医務規定中b医務に関する最終的権限の(1) 」に同趣旨が引継がれている(乙第四号証の三の§六参照)ことによつても上告人主張の通りであることが判る。

(六) 上記諸点によつて明かな如く、駐留軍は

(1)  上告人に対し原審判決判示の如く「違法な解雇の効果を維持しながら、軍の診断を求め」る正当の根拠を欠き

(2)  昭和二十八年八月十一日以降現在に至るまで上告人の復職を拒否し続けているのは右違法解雇の効果を維持している以外他に上告人の復職を拒否すべき正当な事由はないのにかゝわらず

却つてその責を上告人に転嫁し

「上告人(被控訴人)が駐留軍の本件就業場において副管理人としての業務を行うべき雇傭契約上の債務履行を自己の責に帰すべき事由により不能ならしめたものと認むべきである以上」

「雇傭主である被上告人(控訴人)に対し自己の約定労務を終つた後でなければ請求できない賃金は、昭和二十八年八月十一日以降請求できないことはいうまでもない」とする原審判決の不当なることはもはや多言を要しない。

第二点原審判決は理由不備の違法がある。

原審判決右-(六)-理由によつて上告人請求の賃金の請求権なしとするにとどまらず進んで原審判決が

「雇傭契約がその契約により定められた使用主である駐留軍において正当権限に基いて上告人(被控訴人)の使用を終止させたときは、他に別段の事情あることを認むべき証拠がない限り上告人(被控訴人)は被上告人(控訴人)に対し即時判決を以て右雇傭関係の存続することの確定を求めるにつき法律上の利益を有しないものというべきであるから、上告人(被控訴人)の本請求中被上告人(控訴人)に対し上告人(被控訴人)主張の職種、地位における労務を目的とする雇傭関係存続することの確認を求める部分は失当として棄却を免れない」

とし、上告人の本訴確認利益なしと断じているが、原審判決は既に「部隊労務士官が上告人(被控訴人)に対し違法な解雇の効果を維持し」ていることを認めながら、而も現に争われている雇傭関係の確定につき、上告人にその訴の利益を欠くことは何を以て奴斯くいうのであるか前記判示を以つてしては到底理解し難い。

この点理由不備を免れないこと勿論である。

原審判決を通覧して、何故如斯誤れる結論を導き出したかを考えるに、恐らく被上告人提出の「苦情処理に対する通告について」(乙第十一号証)と題する苦情処理委員会の通知書のなかに「九月三日当苦情処理委員会の席上、貴殿に勧奨励したとおり軍病院の受診に関する軍側の指示は行政協定第三条に基づく軍の基地管理権の行使と認められるので、これを貴殿が拒否される限り現段階において解雇取消に関する現地交渉は困難である」とあるに示唆されてのことと、推察されるが、同委員会としては軍側が上告人に対する解雇の効果を推持するにつきあくまで上告人の病気の不治癒を理由として固執しその斡旋の進展を阻んでいるので、同委員会としては事実上その斡旋進展の障害を除去するために勧告したのであるが、上告人としては軍の医療施設U・S・F・Jにおいて、上告人の全治の証明ができたときは解雇を取消すや否やを予め確めたにかゝわらず、軍はなおその言質を避けたので上告人はこれに従わなかつたものであるが、原審判決はかゝる事情も何等審究せず、直ちに採つてもつて、法律的見解として法律構成をなさんとしたところに前記諸矛盾を露呈せるものというのほかない。

蓋し如斯粗悪な判決は-而も高等裁判所の判決として-近時稀にみるところであつて原審の自重を望むや切なるものがある。

上記諸点よりして原審判決は到底破棄を免れないものと思料する。

答弁書

答弁の趣旨

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

との判決を求める。

答弁の理由

原審判決の判断は正当であつて、上告人の論旨はいずれも理由がない。すなわち、

第一点について

(1)  上告人は原審判決が「上告人が肺浸潤のため九十日の有給休暇を得たが、右休暇の期間満了する数日前に兵庫県立尼崎病院の治癒証明書を差出して出勤したところ、病気治癒に疑を懐く部隊労務士官が昭和二十六年五月上告人の肺浸潤を診断した神戸中央診療所の診断書の提出を命じ、提出された同診療所の診断書にはX線によるも胸部になんら注目すべき変調又は疾病を認めず且つ患者自身も特別になんらの苦痛を覚えずと記載されていて、先きの治癒証明と若干所見を異にするところが認められて、部隊労務士官が上告人の健康状態を看るとの理由で解雇予告期間を一ヵ月延長し、その期間満了する昭和二十八年八月十日出勤以来無遅刻、無欠勤で勤務する上告人に対し健康状態を理由に解雇する旨申渡したところ、上告人は病気治癒を理由に異議を申述べたので、労務士官が前記最終医学的権限に関する指令書を示し、上告人に駐留軍の医療施設U・S・F・Jで診断を受けるか否かを質したところ、上告人がこれを拒否したので、解雇を確認した上、同日限り雇傭を終止させる旨申渡したことが認定できる」とし、更に「上告人の当時における健康状態が如何ようであつたにしろ、部隊労務士官において上告人の病気治癒に疑を挾み軍の医療施設によると最終医学的判断を得ることの措置を選んで上告人に対し身体検査を求めたことは必ずしも不当ということはできない。上告人において右診断を拒否すべき正当理由を有することを認むべき証拠がないから、右部隊労務士官のした右雇傭終止の処方は労務基本契約第七条所定の措置として適法のものといわねばならない」と判示したことに対し、原審判決が「兵庫県立尼崎病院の治癒証明書が真実に反し疾病が治癒せず、就業のために病勢増悪し、且つ他人に危害を及ぼすべき状態にあることを医学的に証明すべき資料がないので」と判示した点を引用して、当時駐留軍においては上告人の復職を拒否する正当な事由がなかつたのであるから、駐留軍が上告人に対し、駐留軍の医療施設において最終的医学的判断を得るため身体検査を求めたことは不当であると主張される。

しかし、原審判決の前記認定のとおり、兵庫県立尼崎病院の治癒証明書に示された医学的判断と神戸中央診療所の診断に示されなそれとの間に差異があるという事実と、本件有給休暇以前にも上告人が肺浸潤により屡々病気休暇をとつていたという事実とを合わせ考えれば、肺浸潤という病気の特質上、上告人の当時における健康状態につき、部隊労務士官において、果して上告人が病気治癒しているかどうかにつき疑を挾さんだことは、まことに無理からぬことであつて、したがつて同労務士官が基地内の衛生管理の必要上、病気治癒を理由に出勤せんとする上告人につき軍の医療施設による最終的医学的判断を得るため、行政協定第三条に基ずく米極東軍総司令部の昭和二十八年五月二十九日付指令「駐留軍施設及び地区内における最終医学的権限」第五条第六条により上告人に対し身体検査を命じたことはまことに適切な措置であつて何ら不当なものではなく、したがつてこの命令を上告人において正当な理由がなくして拒否した以上、命令違反として上告人が解雇されるのは当然のことである。

しかして、本件解雇は既に第一審及び第二審において被上告人が主張し、且つ、原審判決も認定されているとおり、上告人の健康状態並びに右の命令違反を理由として行われたものであるから、右二つの解雇理由のうち健康状態を理由とする点は不当であつても、そのために他の一つの理由が正当なものであることを看過して直ちに解雇の効力を否定し去るべきものではない。この点につき原審判決が「乙第三号証の一、二によれば昭和二十八年八月十四日付労務士官の署名ある解雇通知書の解雇理由に健康状態と併せて身体検査拒否の事実が記載されているけれども、後者のみを理由として上告人に対し解雇の告知がなされたことはこれを認むべき証拠がない。従つて前記取扱手続規程に違反してなされた無効な解雇が偶々上告人の身体検査拒否という事実が発生したことにより有効となるべき理由がない」と判示しておられるのは被上告人の納得し能わざるところである。

ところで、右のような基地内の衛生管理上の命令に服従しない者に対しては、日米労務基本契約第七条により即時解雇することができるのであるから、本件解雇が有効になされたことは明らかであると考える。また、仮りに上告人主張のように本件の如き解雇には基本契約第七条の適用はないものとしても、上告人の右命令違反は労働基準法第二〇条第一項但し書後段の「労働者の責に帰すべき事由に該当するのであるから、同条項に基ずき即時に解雇することができるのである。すなわち、駐留軍労務者の病気が治癒したかどうかの最終的医学的判断の権限は駐留軍にあつて、駐留軍が基地内の労務者につき日本人医師の診断に疑を有しているときは、基地内の労務に服することを約諾せる日本人労務者において、駐留軍の右衛生管理に協力し、身体検査の命令に応じなければならない義務があるのであるかち、上告人がその責に帰すべき事由によりこの義務の履行を拒否した以上、この事由は高度の信頼関係を必要とする本件雇傭関係につぎ即時解雇し得る事由に当るものというべきである。したがつて、上告人に対する本件解雇は右のいずれの点から見ても有効なものといわなければならない。

ところが、原審判決は本件解雇をもつて、「解雇」と見ず「雇傭終止の処分」であるとされる。すなわち、原審判決は「日本人労務者が理由なく身体検査を拒否し駐留軍の正当な衛生管理を妨げたとき駐留軍係官において前記労務基本契約第七条によりその労務者の雇傭を終止せしめ得ることは疑がないけれども右雇傭終止の処分により当然に解雇の効力が生ずるものと解することはできない」と。このように本件解雇をもつて解雇とは別な雇傭終止の処分であると判断された点については、被上告人も上告人と同様に承服し兼ねるところである。

そもそも、労務基本契約第七条に言う所謂雇傭終止とは解雇のことを意味するのであつて両者は別個な概念ではないのみならず、解雇でない雇傭終止処分とは一体どのような性質のものか、またどのような法律効果を伴うものなのか甚だ理解に苦しまざるを得ないわけである。しかし原審判決の意とされるところを突きつめてよく理解すれば、結局のところそれは後述のように「雇傭終止」という概念を用いながら「解雇」であると判定されていることに帰着するものといわざるを得ない。したがつて、上告人が原審判決の判断に対し「解雇の上、更に重畳して雇傭終止の措置乃至処分を申渡された事実は全然存しない」と非難される点は当らないというべきである。要するに、厚審判決には個々の判断において当を得ない点が認められるが、しかし結局において上告人の身体検査命令に対する拒否を理由として解雇が有効になされたことを認定されているに外ならないから結論において原審判決は正当というべきである。

(2)  次に、上告人は本件命令違反について、部隊労務士官が上告人に対し駐留軍の医療施設U・S・F・Jで診断を受けるか否かを質したのは曩に駐留軍が昭和二十八年六月十一日付をもつて上告人に対しなした解雇予告に基ずく解雇の効力に関する争についてであつて、原審判決が当時上告人において「就業のために病勢増悪し且つ他人に危害を及ぼすべき状態にあることを医学的に証明すべき資料がないと判示していることに徴しても、右身体検査命令が軍の衛生管理権上の措置でなかつたことが明かであり且つかゝる衛生管理権の行使は制度上衛生管理者のみの専行するところであつて労務担当士官である森には権限がないと主張されるけれども、上告人の右主張は失当であり原審判決を誤解しているものである。すなわち、原審判決は単に兵庫県立尼崎病院の治癒証明書について、「同証明書が真実に反し疾病が治癒せず、就業のために病勢増悪し且つ他人に危害を及ぼすべき状態にあることを医学的に証明すべさ資料がない」ことを判示したに過ぎず、上告人が昭和二十八年八月十日当時完全に疾病が治癒して健康状態であつたことを認定しているわけではなく、寧ろ原審判決によれば、前記のとおり兵庫県立尼崎病院の治癒証明書に示された医学的判断と神戸中央診療所の診断に示されたそれとの間に差異があつて、上告人の当時における健康状態につき部隊労務士官において病気治癒に疑を挾さむ状況にあつたことを認定しているのである。したがつて上告人の提出した二通の診断書のみでは果して上告人が全治しているかどうかにつき確認し難いばかりでなく、駐留軍としても右二通の診断書だけにより病気治癒を最終的に決定すべき義務もないのであるから、上告人に対する本件身体検査命令が軍の衛生管理権上の措置でなかつたとの上告人の主張は誤りであり、また森労務担当士官は米軍神戸補給所の人事部長としてまた米軍の契約担当官代理として基地内の日本人労務者の雇入、使用、配置、転換、給与、解雇等につき日本人労務者の人事一般につき権限を有していたのであるから、本件身体検査命令についても、森労務担当士官は、なるほど上告人の病気治癒の有無につき医学的身体検査の権限はないにしても、基地内の衛生管理上病気治癒に疑わしいにも拘らず病気治癒を理由に出勤せんとする上告人に対し軍の専門医の診断を受けるよう命ずる権限があることはいうまでもないことである。

なお、上告人は軍が八月十日解雇後その解雇の効果を維持しながら上告人に対し軍の診断を求めたが、既に軍との雇傭関係なきものとして取扱われている上告人に対しかゝる措置を命ずる権限がないと主張される。しかし原審判決は前記のとおり「昭和二十八年八月十日上告人に対し健康状態を理由に解雇する旨申し渡したところ上告人が病気治癒を理由として異議を述べたので、労務士官が上告人に駐留軍の医療施設で診断を受けるか否かを質したところ、上告人がこれを拒否したので解雇を確認の上同日限り雇傭を終止させる旨申し渡した」と認定されているように、一旦解雇を申し渡しても上告人においてこれに異議を述べそのため解雇につき最終的結着のない状態にあつたのであるから、かゝる労務者に対し受診を命ずることは何ら茅盾でもなく不当でもないのであつて、軍はこのような状態にある労務者に対し身体検査を命ずる権限のあることは多く云うをまたないであろう。

(3)  また、上告人は原審判決が日米労務基本契約第七条を適用して上告人に対し雇傭終止の処分をなしたことにつき、同条項は本件の如き衛生管理権違反の行為に対しては適用されるものではないと主張されるが、原審判決も判示しておるとおり同条項はべ単に軍事上の自的のためにする保安処分に限定して解すき理由がなく、伝染病、結核等疾病の予防駆除を目的とする衛生管理の必要上からも労務者を解雇できるものと解すべきである。仮りに右条項が本件の如き場合には適用されないものとしても、上告人が雇傭契約に基ずく使用者の身体検査命令に対し正当な理由もなくこれを拒否した以上、駐留軍が労働基準法第二〇条第一項但し書後段に該当するものとして上告人を解雇できることは前に述べたとおりである。

第二点について

上告人は、原審判決が部隊労務士官が上告人に対し違法な解雇の効果を維持していることを認めながら、現に争われている上告人と被上告人との間の雇傭関係の存否について、上告人に確認を求める法律上の利益がないと判示していることは理由不備にして違法であると主張される。被上告人もこの点に関する限り上告人の,主張と見解を異にしない。しかし、翻つて厚審判決が本件処分を目して「解雇」ではなくてこれと別個な「雇傭終止の処分」であると判定されている点が先づ問題とさるべきである。原審判決のように「雇傭終止」の結果上告人は雇傭契約上の債務履行を自己の責に帰すべき事由により不能ならしめ、またそのため賃金も請求できないこととなつたにも拘らず雇傭関係そのものは存続するものとの判断は自家撞着の矛盾を犯しているものではなかろうか。就労の権利義務も、またその対価たる報酬請求権もなくなつた以上、雇傭関係の実体は失われ雇傭関係そのものが終了したものと解すべきことは自明のことではないかと考える。そしてかような効果を伴う行為は解雇そのものに外ならないと解すべきことはこれ亦多く言うをまたないところである、したがつて原審判決が右のように上告人の責に帰すべき事由により基地内における労務提供が不能となり、したがつて昭和二十八年八月十一日以降賃金を請求できなくなつたとされる以上、かような結果をもたらす本件処分は、その用語の当否はともかくとして結局のところ解雇処分に外ならないと判断された趣旨であると理解すべきである。そうすると、原審判決は本件解雇が有効になされ上告人と被上告人との間の雇傭関係は消滅しているものと判定されたことに帰着するわけであるから、原審判決が上告人に即時確定を求める利益なしとされた点の当否はともかくとして、上告人の請求を棄却されたのは正当な判断であるといわなければならない。

以上のとおり原審判決には些か措辞妥当を欠くきらいがあるが、その趣旨とするところを善解すれば、その理由には何んら違法不当なところはないから、本件上告は理由がないものとして棄却さるべきものである。(昭和三五年四月一八日付)

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